上場準備前にまずは知っておきたい②
上場申請書類 I の部の記載方法と留意事項
上場申請書類Ⅰの部に対応するためには、これまでと異なり決算作業が拡充するとともに、その負荷が重くなる
上場後も継続してⅠの部に相当する内容は開示する必要があるため、特に当初の開示内容をきちんと決めておくことは特に重要である
上場申請時の提出資料のうち、「上場申請のための有価証券報告書」 のことを一般にIの部という。Iの部に記載される最近2連結会計年度における連結財務諸表および最近2事業年度における財務諸表については、金融商品取引法第193条の2第1項の規定に準じて、監査法人が作成した監査報告書を添付することが必要となる。
Iの部の記載内容は、ほぼそのまま株式上場後の投資家への継続開示資料である「有価証券報告書」に引き継がれる。したがって、Iの部は、将来の有価証券報告書の記載レベルを決定するという意味においても重要な書類といえる。 I の部の中心は、金融商品取引法に基づく連結財務諸表規則ベースの連結財務諸表および財務諸表等規則ベースの財務諸表である。会社法においては、金融商品取引法上の有価証券報告書を提出する大会社には連結計算書類の作成を義務付けているが、それ以外の会社については任意とされており、非上場会社にとってはなじみが薄いことが多いと思われる。
非上場会社では、通常会社法ベースの計算書類等を作成すれば十分であるため、金融商品取引法ベースでの連結財務諸表や財務諸表を作成することはない。金融商品取引法ベースの財務諸表は、会社法ベースの計算書類等に比べてより 細かい規則が定められており、作成に慣れるまで相当の時間を要する場合が多い。また、上場会社を除き会社法では要求されていない連結財務諸表の作成は、詳細なスケジューリングと作成に要する技術の習得が要求される。したがって、上場することを決めたならば、監査法人等のアドバイスにより、できるだけ早めに準備することが望ましい。株式上場前でもこのレベルの財務諸表や連結財務諸表を金融機関等へ配布することは、会社の決算数値に対する信頼性を増す 等の効果も期待できる。
第一部 企業情報
第1 企業の概況
1 主要な経営指標等の推移
2 沿革
3 事業の内容
4 関係会社の状況
5 従業員の状況
第2 事業の状況
1 業績等の概要
2 生産、受注及び販売の状況
3 対処すべき課題
4 事業等のリスク
5 経営上の重要な契約等
6 研究開発活動
7財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析
第3 設備の状況
1 設備投資等の概要
2 主要な設備の状況
3 設備の新設、除却等の計画
第4 提出会社の状況
1 株式等の状況
2 自己株式の取得等の状況
3 配当政策
4 株価の推移
5 役員の状況
6 コーポレート・ガバナンスの状況等
第 5 経理の状況
1 連結財務諸表等
(1) 連結財務諸表
(2) その他
2 財務諸表等
(1) 財務諸表
(2) 主な資産及び負債の内容 (注: 連結財務諸表を作成している場合は省略可)
(3) その他
第 6 提出会社の株式事務の概要
第 7 提出会社の参考情報
1 提出会社の親会社等の情報
2 その他の参考情報
第二部 提出会社の保証会社等の情報
第三部 特別情報
第1 連動子会社の最近の財務諸表
1 貸借対照表
2 損益計算書
3 株主資本等変動計算書
4 キャッシュ・フロー計算書 (注: 省略可)
第四部 株式公開情報
第1 特別利害関係者等の株式等の移動状況
第2 第三者割当等の概況
1 第三者割当等による株式等の発行の内容
2 取得者の概況
3 取得者の株式等の移動状況
第3 株主の状況
〔監査報告書]
① 単なる審査 ・ IRの資料ではない
Iの部は、審査にあたり会社の状況を要約して伝える資料であるが、前述したとおり、その内容はほぼそのまま上場時の 「有価証券届出書」や「目論見書」さらには上場後の「有価証券報告書」に引き継がれる。 これは、上場申請時の審査資料としてのみ作られ、外部に公表されることのないⅡの部とは異なり、Iの部が会社の上場適格性をアピールするためだけの資料ではないことを意味する。すなわち、上場後も永続的に、適格かつ端的にタイムリーな情報を投資家に提供していく財務的な基本情報となるものであることを十分に認識する必要がある。したがって、どの項目においても会社の良い面を強調しすぎることなく、客観的に状況をとらえ、良いことも悪いことも必要かつ十分な内容をもって記載する必要がある。
② Ⅱの部等と重複している内容、Iの部の記載項目間についての整合性をチェックする
Iの部とⅡの部等は相互に全く独立した書類というわけではなく、それぞれ作成の趣旨および内容が異なるものの、両者に共通している点は多々存在している。 審査上はこれらの整合性も重視されるため、重複している内容については相互に矛盾がないように十分に調整する必要がある。 また、I の部の中にも同様の項目が複数にわたり記載される部分が多数存在しているため、これらについても整合性を保つ必要がある。
③ 同業他社の事例を収集する
Iの部の記載内容が引き継がれる「有価証券報告書」は、投資家が投資判断を行うために参考にする会社の財務情報が記載される資料である。そのため、投資家が利用するにあたり同業他社との業績等の比較分析が行いやすくなるように、比較可能性も考慮した上で作成することが重要となってくる。したがって、Iの部の作成にあたっては、将来「有価証券報告書」として開示される内容を意識しながら同業他社がどのように開示しているのかを十分に調べた上で開示すべき事項を決定する必要がある。
④ 詳細に作成日程をスケジューリングする
上記の記載をみればわかるとおり、Iの部の記載内容は会社法の事業報告や計算書類等に比べるとその記載事項は多岐にわたっている。 また、連結財務諸表を作成する必要のある会社の場合は、連結財務諸表の作成に必要となる決算処理の終了している連結子会社の資料を集めることになるため、事前のスケジューリングを十分に行っておかなければ、資料提出予定日までに作成を終了することができなくなるおそれがある。
したがって、まず審査を行う証券会社や金融商品取引所と事前に申請書類の提出の日程について十分に打合せを行った上で、無理のないスケジュールを立てる必要がある。
スケジューリングを行う場合は、1) どの部分を、2) 誰が、3) いつまで に、4) どのレベルで作成するのかを含め、詳細なスケジュールを作成することが望まれる。 また、Ⅰ の部の一部は監査法人のチェックを受ける必要もあるため、監査法人との打ち合わせや監査の日程等も含めてスケジュールを作成しなければならない。
⑤ バージョン管理を徹底する
Ⅰの部は記載事項が多岐にわたるため、かなり作成に熟練した者でも、何度も修正を行う必要が出てくることが予想される。 ましてや、上場申請にあたって初めて作成する場合は、証券会社や監査法人からのチェックを受けて何度も修正することになる。 その場合に、バージョン管理をきちんと行っていなければ、直したはずのところが直っていなかったり、古いバージョンを誤って提出してしまうといったことが起こらないとはいえない。細かいことではあるが、実務上は十分に注意を要する点といえる。
⑥ 複数担当者間でのチェックを行う
これも作成実務上の問題点といえるが、どんな人でも1人で作業を行うと勘違いや疲労によるミスが出てくることがある。証券会社や監査法人もチェックを行うが、作成にあたっては、まずは自社で複数担当者によるダブルチェックを実施し、ミスの発生を防止する必要がある。
⑦ アウトソーシング会社を利用する場合の留意点
株式上場もかなりポピュラーになってきており、上場準備を支援する会計事務所やコンサルティング会社もかなりの数が存在する。 これらの会社に申請書類の作成の支援を依頼することも、効率的に作業を進める1つの手段といえる。 ただし、その場合に注意しなければならないのは、あくまで作成責任や説明責任は自社にあるということを認識しておかなければならないということである。 相手もプロである以上、責任をもって最後まで支援してくれるとは思われるが、会社の内部者でないため、時として開示しなければならない事項を漏らしてしまうおそれもなくはない。 また、会社の担当者に代わって審査の対応を行うことは一般的にできない。したがって、会社側の責任者はアウトソーシング会社に頼りすぎず、必ず内部でのチェックを行うことが肝要である。
⑧ 作成にあたっては経営者の参画を求める
I の部で開示されている事項は、上場後も相当期間にわたり継続して開示していくものになる。 経営上生じた重要な事項をタイムリーに開示していくという意識の向上のためにもIの部の作成は、経理部や上場準備チームだけでなく経営陣も積極的に参画する必要がある。
⑨ 会計制度の改正等実務動向に関して興味を持つ
I の部で開示される内容は、基本的にはすべて金融庁企業会計審議会や財務会計基準機構から出されている府令・規則および通達等に基づき規定されている。そのため、判断をしなければならない部分を除いては、比較的理論的に体系付けられ明確化されているといえる。したがって、まずは開示制度の体系を理解し把握することが必要となってくる。
「上場申請のための有価証券報告書」Ⅰの部の概要については上記のとおりであるが、Ⅰの部は上場後も有価証券報告書として継続して作成・開示される書類となるため、作成時には十分に検討を重ねる必要があることをお伝えさせていただく。