上場準備前に知っておきたいシリーズ④
準備ステージ毎の機関設計
上場準備が進むに伴い、株主総会を中心とした機関設計から、取締役会を中心とした機関設計に変更する必要がある。
上場審査の対応上、ガバナンスが有効に機能していることを担保しておくため、取締役会や監査役の整備は早めに対応することが望まれる
機関設計の自由度が高まった会社法において、株式上場を目指すベンチャ一企業が、スタートアップ期、アーリーステージ、レイターステージを経て上場申請に至るまでの各成長段階において、いかなる機関設計を選択することが可能かについて解説する。
ベンチャーの機関設計モデル
最高意思決定 |
業務執行意思決定 |
業務執行 |
監査その他 |
|
---|---|---|---|---|
(1) スタートアップ期 |
株主総会
|
株主総会
|
取締役
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(会計参与)
|
(2) アーリーステージ |
株主総会
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(取締役会)
|
取締役
|
(監査役)
(会計監査人) |
(3) レイターステージ (非公開会社・大会社) |
株主総会
|
(取締役会)
|
取締役
|
(監査役又は監査役会)
(会計監査人) |
(4) 上場申請直前 (公開会社・大会社) |
株主総会
|
取締役会
|
取締役
|
(監査役)
(監査役会) (会計監査人) |
(4) 上場申請直前 (公開会社・大会社) |
株主総会
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取締役会
|
取締役
|
(監査役)
(監査役会) (会計監査人) |
<会社法上義務付けられた機関>
スタートアップ期のベンチャー企業は、株式に譲渡制限が付され(公開会社でない)、資本金が5億円未満かつ負債総額が200億円未満である(大会社でない)ことが通常であるが、このようなベンチャー企業に設置が義務付けられた機関は、株主総会および1名以上の取締役のみである。
<取締役会設置の適否>
スタートアップ期のベンチャー企業が任意に取締役会を設置することは可能であるが、株主が創業者のみ、あるいはごく少数であるようなスタートアップ期においては、株主総会によっても迅速な業務執行に関する意思決定が期待できる一方、取締役会を構成する取締役3名を選任することが容易ではない場合もあるので、取締役会を設置しないという選択があり得るだろう。この場合には、株主総会について、招集手続の期間を短縮し、招集通知や議事録の書面を省略する、あるいは書面同意で代替する等、会社管理コストを削減し、機動的な会社運営が可能となる。他方、会社設立後、早い段階でベンチャーキャピタル等の外部者による出資が見込まれる場合においては、設立時より、アーリーステージと同様に取締役会を設置しておくことになろう。なお、会社法では、定款で規定すれば、取締役会を開かずに取締役全員の同意を得て(および業務監査権限のある監査役の異議がないことを確認して)持回り書面決議(電子メール決議を含む)によることが可能である。したがって、これまでテレビ電話会議による取締役会のアレンジ等が面倒であると考えていた会社であっても、定型的な決議事項については相当省略が可能になる。
<監査役または会計参与設置の適否>
取締役会を設置しないスタートアップ期のベンチャーは、任意に監査役を設置することができる。監査役を選任しない場合、株主による直接的な監督がなされることとなる。また、計算書類の正確性に対する信用を確保するため、会計参与を設置することが考えられる。会計参与に選任されるには公認会計士または税理士の資格が必要であることから、専門的な資格のない者を監査役に選任することと比べれば、より合理的な選択肢になるかもしれない。ただし、会計参与は内部機関であり重い責任を負うことから、どの程度候補者を見つけやすいかという問題はある。
<会社法上義務付けられた機関>
増資が実行されても、資本金が5億円未満でかつ負債総額が200億円未満である限り、会社法上設置が義務付けられる機関は、(イ)と変わりはなく、株主総会および1名以上の取締役のみである。
<取締役会設置の適否>
非公開会社かつ大会社以外の会社である限り、取締役会の設置は強制されない。しかし、ベンチャーキャピタルという外部の株主が加わった以上、株主総会がすべての業務執行の意思決定を行うことは機動性に欠ける上、ベンチャーキャピタルが取締役の指名権を有する場合において各取締役が代表権を有することは適切ではない。したがって、この段階のベンチャーにおいては、取締役会の設置がなされることが通常であり、かつ適切である。
<監査役、会計監査人または会計参与設置の適否>
取締役会を設置した場合には、監査役委員会または会計参与のいずれかの設置が義務付けられる。
なお、上場申請の審査にあたっては、監査役による監査実績が求められるため、この段階で監査役を設置することが通常は望ましい。また、ベンチャーキャピタルによっては、投資契約において、ベンチャーに対し監査法人による監査済みの計算書類による報告義務を課すこともあり、会計監査人の設置も場合によって検討されることになろう。
<会社法上義務付けられた機関>
複数回の増資が実行されて資本金が5億円以上となり、大会社となった段階においては、株主総会および取締役に加えて会計監査人の設置が義務付けられ、また会計監査人を設置したことにより、監査役または委員会の設置が義務付けられる。
<監査役会設置の適否>
非公開会社が任意に監査役会を設置することは可能であるが、この場合、最低3名の監査役が必要で、かつ半数以上は社外監査役でなければならないため、ベンチャー企業にとってはかなりの負担となる。もっとも、上場申請時直前には、監査役会の設置が義務付けられる以上、上場準備を具体的に開始した時点において、監査役会を設置し、監査体制を整備していくという選択肢も十分に考えれる。
<会社法上義務付けられた機関>
譲渡制限を撤廃して公開会社となるため、株主総会および取締役に加えて、取締役会、および監査役または委員会の設置が義務付けられる。また公開会社であって大会社であることから、監査役会または委員会、および会計監査人の設置も義務付けられる。
<大会社とならないまま、上場申請を行う場合>
公開会社となるため、取締役会、および監査役または委員会の設置が義務付けられる。監査役に加えて監査役会を設置すべきかは、上記において検討したとおりである。
最後に、取締役の任期について、公開会社でない取締役の任期は定款で最大10年まで伸長可能である。よく役員の重任手続および重任登記の手間とコストを省くために取締役の任期を延ばすことが検討される。しかし、取締役を任期期間中正当な理由なく解任すると(解任自体は手続を踏めば常に可能である)残存任期期間中の報酬を損害賠償として請求される可能性がある。換言すれば取締役の任期の定めは一種の身分保障として機能するわけである。これを役員任用契約や株主間契約で変更できる余地もあるものの、一般的には取締役の任期は慎重に検討するべきである。