通常の株式譲渡を前提とした場合、前提条件・表明保証・誓約事項・損害 賠償が論点としてあげられます。また、 表明保証については、特に重要な論点となりますので別途説明します。
最終契約書における前提条件とは、取引の実行 (クロージング)において、 売手および買手のそれぞれに一定の条件を定め、条件が満たされない限り取引を実行しないことを規定した条項です。
最終契約書を締結した場合であっても、必ずしもクロージングを行うわけではありません。 クロージングが困難な状況が発生したときに、 クロージングを行わなくても債務不履行にならないよう、 契約当事者を保護する規定が前提条件となります。
クロージングが困難になる状況とは、 表明保証違反、 契約違反の存在やクロージングに必要な手続の未了等があげられます。 そのため、実務上、最終契約書に前提条件を織り込む場合は、案件の状況に応じた設定が必要となります。
なお、クロージング日において前提条件が満たされない場合であっても、 取引当事者が当該状況を理解したうえで、クロージングを行うことも可能です。このような状況に対応するため、最終契約書上は、前提条件について放棄可能な旨を記載することが一般的です。
最終契約書における誓約事項とは、最終契約書の締結からクロージングまでにおいて、売手および買手が実施すべき事項を規定している条項です。「2. 前提条件におけるポイントとは」で説明したとおり、最終契約書を締結した場合でも、必ずしもクロージングを行うわけではありません。 契約履行は、クロージングの前提条件のうちの一条件となります。なお、実務上は、最終契約書においては、誓約事項を売手および買手の義務と表記する場合があります。 誓約事項の主な例としては、下記の項目があげられます。
クロージング日まで、対象会社の業務について通常の業務の範囲で行わせる
DDで発見された事項の対処
また、上記の項目はクロージング日までの誓約事項となりますが、 クロー ジング日後の誓約事項を規定する場合もあります。 これは、クロージング後において、M&Aの目的を達成できるように規定されるものです。
なお、クロージング日までの誓約事項と異なり、すでにクロージングが完了していることから、当該誓約事項の不履行が発生しても、契約を解除する ことは困難であり、不履行による損害が発生した場合は、契約書上、損害賠償等にて対応することになります。最終契約書における損害賠償とは、 表明保証違反やその他契約上の義務に違反した場合に、当該違反に起因または関連して被った損害を賠償する規定です。
損害賠償におけるポイントは、 (ア) 賠償の上限、(イ)賠償の下限、 (ウ)請求期間となります。 実務上は、買手は売手に比べて、表明保証違反やその他契約上の義務に違反する可能性は低いことから、損害賠償においては、 売手にとって有利か不利かを考える必要があります。(ア) 賠償の上限 |
売手に請求できる損害賠償額について、上限を設定しない場合、売手は株式の売却代金よりも多い金額を買手に請求される可能性が出てきます。株式を売却したことで、株式の譲渡代金よりも多くの損害賠償を支払う可能性があると判断した場合、売手はM&Aを中止することが考えられます。そのため、実務上は、「請求金額について取引価額の●%を上限とする」といった 文言を入れることで、 売手のリスク範囲を限定します。 割合については、買手と売手の交渉により決定されます。 |
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(イ) 賠償の下限 | 売手に請求できる損害賠償額について、下限を設定しない場合、買手は1 円でも損害が発生した場合には売手に請求することが可能となります。僅少な額の損害が発生するたびに請求されるのであれば、売手にとって非常に煩雑となります。そのため、実務上は、「単一の事実に基づく請求金額が金●万円を超えたものに限り行うことができるものとする」といった文言を入れることで、煩雑さの回避が可能となります。下限額については、買手と売手の交渉により決定されます。 過去の案件において、 買収前の期にかかる決算において、税務調査により追加の納税が発生したが、追加の納税額が賠償の下限額未満であったため、 売主には請求されず回避することができたという事例もありました。そのため、売主保護の観点から、賠償の下限額を設定することは重要であると考えられます。 |
(ウ) 請求期間 | 売手に請求する損害賠償について、請求期間を設定しない場合、株式を売却しても永遠に買手から損害賠償を請求される可能性が出てきます。株式を売却しても、損害賠償リスクが一生付きまとうことになるのであれば、売手はM&Aを中止する判断を行うことが考えられます。 そのため、実務上は「損害賠償請求は、クロージング日から●年以内に、 賠償を請求する旨の書面を通知した場合に請求できるものとする」 といった文言を入れることで、 売手のリスク範囲を限定します。 請求期間については、買手と売手の交渉により決定されますが、 1~1.5年程度が通常です。 なお、各種法律において、各種権利等に対する消滅時効が規定されている場合があり (賃金支払請求権は2年等) そのような事項に対する請求期間は 消滅時効にあわせて規定し、特別補償条項として規定されることもあります。 |
(ウ) 請求期間 | 売手に請求する損害賠償について、請求期間を設定しない場合、株式を売却しても永遠に買手から損害賠償を請求される可能性が出てきます。株式を売却しても、損害賠償リスクが一生付きまとうことになるのであれば、売手はM&Aを中止する判断を行うことが考えられます。 そのため、実務上は「損害賠償請求は、クロージング日から●年以内に、 賠償を請求する旨の書面を通知した場合に請求できるものとする」 といった文言を入れることで、 売手のリスク範囲を限定します。 請求期間については、買手と売手の交渉により決定されますが、 1~1.5年程度が通常です。 なお、各種法律において、各種権利等に対する消滅時効が規定されている場合があり (賃金支払請求権は2年等) そのような事項に対する請求期間は 消滅時効にあわせて規定し、特別補償条項として規定されることもあります。 |
表明保証とは、一般的に契約当事者の一方が、他方当事者に対し、主として契約の目的物の内容等に関する事実について、契約時 (またはクロージン グ時)において当該事実が真実かつ正確であることを表明し、その表明した 内容を保証することをいいます。
表明保証は、最終契約書の中で最も重要な論点になることが多く、 契約書交渉においても特に注目されます。 その対象としては、主に売手に関する事項、対象会社に関する事項、買手に関する事項に分けられます。
M&Aの際には、通常、買手は株式譲渡契約を締結するにあたって当該取引の契約条件(主として契約金額)の妥当性を検討したうえで、最終的に当 該取引の実行自体の是非を判断することになります。 妥当性を判断するためには、対象会社に対してDDを行い、対象会社が一定の状態にあることを前提として判断することになりますが、対象会社の内容に関する調査・把握には限界があり、必ずしもすべてのリスクが明らかになるわけではありません。
また、DD時に売手および対象会社から入手した情報に虚偽がある可能性もあります。そのため、売手および対象会社が買手に提示した情報等が真実 かつ正確であることを表明および保証させ、想定していない事象が生じた場合のリスク負担や提示された情報が事実に反する場合に生じた損害について、補償をどのように規定しておくのか取り決めておくことが重要となります。
通常、買手は交渉の中で表明保証を網羅的に規定しようと主張します。これは、売手及び対象会社に関する表明保証を網羅的に規定することで、買手ではなく売手にリスクを負わせることを意味しており、買手が売手に対して、 取引の中止や補償請求を求めることができる事項を増加させることを意味するからです。 逆に、 売手および対象会社に関する表明保証の簡略化や省略は、売手ではなく買手にリスクを負わせることを意味します。
上記のような、 表明保証にどの内容を規定するか以外に、 規定された表明保証の範囲についても交渉が発生します。 具体的には、売主は規定の文中に「重要な」や「売主の知る限り」等の文言を追加して範囲を限定し、リスクを軽減しようとします。
実際に、 表明保証違反に該当するような事実が判明または生じた場合には、当事者が当該取引にかかる契約条件の妥当性の根拠となる一定の前提に誤りがあった、 または変化が生じたことを意味するため、 当該事実による当事者間の損得を手当てする必要があります。
具体的には、株式譲渡実行前において表明保証事項が満たされなかった場合には、取引を停止する、 または取引条件(主に契約金額)を調整します。 株式譲渡実行後において表明保証事項が満たされなかった場合には、損害賠償が発生します。